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2021/7/27 航時局ビル レクリエーションルーム

 時震の影響でおかしくなった歴史を修正する。
 それが僕たち航時局歴史管理課、通称THRのお仕事。

 自室でフレドリカさんへの報告書を作成していた僕は、気分転換のためにレクリエーションルームを訪れていた。ジュースでも飲みながら、誰かとおしゃべりでもしたい気分だったのだ。
 部屋に入ると、壁の前で腰を下ろしている赤毛の女の子の姿が目に入った。
「あれ、アルちゃん?」
 頭にはゴーグル装備、タンクトップの作業着姿の彼女は、僕たちTHRの頼れるメカニック、〝発明王〟トーマス・アルバ・エジソンこと、アルちゃんだ。
 天才ゆえなのだろうか、この子は時折、僕が予想だにしないような行動を取ることがある。初対面で結婚を申しこんできたり、唐突に裸エプロン姿で現れたり、世界を七日で滅ぼしてしまいそうな最終兵器を作り上げてしまったり。
 こうして壁を見つめてひとりニコニコしているという姿も、見ようによってはかなり奇抜な光景である。なんだか声が掛けづらかった。
「あ、たいちょー。お疲れさまです」
「ええと、どうしたのアルちゃん。そんなとこで」
「実はですねー……このコンセントを見てたんです」
 アルちゃんの示した先には、壁に設置されたコンセント穴があった。特に何の変哲もない、どこの家にもありそうな100V(ボルト)コンセントである。
 なんでまたアルちゃんは、こんなものに興味を示しているのだろうか。首を捻る僕をよそに、当の彼女はほわっとした笑みを浮かべていた。
「コンセントを見ていると、テスラちゃんのことを思い出すんですよね」
「え、テスラちゃん?」
「覚えてませんか? ボクの時代にいた、あの金髪縦ロールの女の子……。交流電流は、彼女の発明なんですよ」
 テスラちゃんと言えば、アルちゃんと同時代を生きた発明家、ニコラ・テスラさんである。アルちゃん同様、時震の影響で美少女化していた偉人である。ぱっと見はすごく派手だが、育ちの良さそうな娘さんだったことを覚えている。
「確かアルちゃんにとってはライバルなんだっけ。当時の発電業界で色々やり合ったって話を聞いたことがあるけど」
「そうですねー……。世間じゃ〝電流戦争〟だなんて呼ばれちゃってましたねー」
 アルちゃんが、ばつの悪そうな表情で頬を掻いた。
 電流戦争の舞台は、一八八〇年代のアメリカ。エジソンとテスラが、送電システムに関して激しい確執を繰り広げた事件である。テクノロジーの歴史を語る上では、とても有名な話だ。
 直流電流による送電網を整備しつつあったエジソンに対し、交流電流技術を作り上げたテスラが異を唱えたのである。どちらの技術が優れているのかについて、双方、苛烈極まる技術広告合戦を繰り広げたのだという。
 最終的には、テスラの交流電流技術の方がスタンダードとして採用されることになったそうだ。発明王エジソンにとっては、屈辱とも言うべきエピソードだろう。
「テスラちゃんにはあのとき、思い切り負けちゃいましたねー……」
「ライバルに負けたって言うわりには、意外とさっぱりした顔してるね。アルちゃん」
「えへへ」アルちゃんが目を細める。「世間が言うほどボクたち、いがみ合ってたわけじゃないですよ。個人的にはボク、テスラちゃんのことを尊敬しているくらいですし」
「え? そうなの?」
「はい。テスラちゃんはとってもすごい発明家ですからー……。現に百年以上経っても、こうして世界中でその技術が使われていますしね」
 アルちゃんがコンセントに目を落とす。考えてみればこれも、ニコラ・テスラが作り上げた交流電流技術の発展形なのだ。
「そりゃあ負けた当時はちょっとだけ残念だったですけど……。でも、よくよく考えてみれば、テスラちゃんの技術は勝って当然の素晴らしいものだったんです」
 自分を打ち負かした相手の実力を素直に認めてあげることは、とても難しいことだと思う。それを平気でやれちゃうアルちゃんの姿に、僕は思わず感心してしまった。
「じゃあ、そこまであの子とは険悪な関係じゃなかったんだ」
「はいー。むしろテスラちゃんが交流電流を発明したときには、お祝いをしてあげたくらいなんですよ」
「へえ。お祝い」
「そうなんですよ。彼女に発明品をプレゼントしたんです。あれは数あるボクの発明の中でも、珠玉の力作と言っていいものでしたねー……」
「珠玉の力作ねえ……」
 アルちゃんの発明品は確かにすごいが、時折変なものを生み出してしまうこともあるのだ。媚薬さながらのお酒とか、反逆お掃除ロボとか。
「ほんとに相手が喜ぶようなプレゼントだったの、それ」
「はい。とっても喜んでくれたと思いますよ」アルちゃんが満面の笑みで頷いた。「ええとですね。あれはたしか、たいちょーと出会う一年くらい前の話だったでしょうか……」
 彼女が語り始めたのは、次のようなエピソードである。

1887/4/29 テスラ電灯社 社長室

 テスラちゃんが交流電流技術の特許を取得したという話を聞いて、すぐにボクはその発明に取りかかりました。彼女のために三日三晩費やし、真心をこめてお祝いを製作したのです。
 それが完成してすぐさま、ボクは彼女の会社を訪れました。
「なんですの、これ?」 
 ボクから受け取ったその〝プレゼント〟を見て、テスラちゃんは首を傾げていました。
「エジソンさんがあたくしにプレゼントだなんて……どういう風の吹き回しなのかしら」
「他意は無いですよー。純粋にお祝いです」
「お祝い、ねえ……」
 長いブロンドをお洒落に縦巻きにした彼女は、社長室でも煌びやかな雰囲気でした。まるでこれから夜会にでも出かけるかのような、上品なシルクのドレス姿です。スカートはミニ丈で、大きく胸元が開いた大胆なデザイン。普段からこんなに大胆なお洋服を着こなせるなんて、さすがはテスラちゃんでしょう。自信たっぷりなお嬢様、という感じ。
「それで、これはいったい何に使うモノなんですの?」
 彼女はデスクの上に置かれたプレゼントを、椅子に座ってしげしげと観察しています。
「うーん……東洋にこういう形の人形があると聞いたことがありますけれど……。なんて言ったかしら。ええと、こけし?」
「そうですねー。形だけなら日本のこけしにそっくりですよね。だからボク、『こけしさん』っていう名前で呼んでるんですけど」
 ボクは『こけしさん』に手を伸ばし、スイッチを入れてあげることにしました。内部モーターが駆動を開始し、こけしの頭に当たる部分がブーンと振動します。
「あら。動きましたわね」
「これ、ボクが発明したマッサージ器なんです。ちょっと肩に当ててみてもらえますか?」
 ボクに言われるまま、テスラちゃんが『こけしさん』を左肩にあてがいます。
 機械による刺激が予想外だったのか、彼女は一瞬「んっ」と下唇を噛みました。
「へえ……。これは新感覚ですわね。ちょっと気持ちいいかも」
「でしょう。ボクたち技術者は、何かとハードワークですからね。このマッサージ器で、少しでもテスラちゃんがリラックス出来たらいいなあと思いましてー……」
 微笑むボクを見て、テスラちゃんは「うーん」と眉をひそめます。
「でも、やっぱり不思議ですわ」
「なにがですか?」
「あたくしはいわば、あなたの敵なんですのよ? あたくしの交流電流技術が、あなたの直流電流を駆逐するかもしれないというのに……どうしてお祝いなんてしてくださるの?」
「優れた技術には純粋に敬意を表したいというだけですよ。これでもボク、技術者のはしくれですから」
 これは本心でした。技術屋にとって勝ち負けなんて一瞬のもの。優れた技術が世に出れば、それを利用、改良してさらに優れたものを作る余地が生まれるのですから。他人の発明に対しては喜びこそすれ、敵対する理由などないのです。
「実はですね。この『こけしさん』にもテスラちゃんの技術を応用しているんです」
「そうなんですの?」
「はい。今度は腰の後ろに当ててもらえますか」
 テスラちゃんが『こけしさん』を背中に回します。
「あら? なんだか刺激の感覚が変わった気がしますわね。当たっている部分が、ほんのり温かくなってきたというか」
「先端から低周波を発しているんです。肩なら1~2Hz(ヘルツ),腰なら一〇〇~一五〇Hz(ヘルツ)くらいでしょうか……。内部のセンサーで部位を判断し、周波帯を変化させているんです」
「当てた部位によって、自動的に変圧しているということですの?」
「そうです。どこに当てても最高に気持ちいい万能マッサージ器、というのが『こけしさん』のコンセプトでしてー……」
「なるほど」テスラちゃんが頷きます。「周波帯を可変にするというのは、確かに交流の発想ですわね」
「えへへ……テスラちゃんの発明無くしては作れなかったものですよ。交流電流は、応用の効く素晴らしい技術だと思います」
 ボクがそう微笑みかけると、テスラちゃんは「ふふん」と鼻を鳴らしました。
「エジソンさんにお墨付きを頂けるなんて光栄ですわ。その発明王の肩書き……現在はあなたのものかもしれませんが、未来はあたくしのものになるかもしれませんわね」
 未来はあたくしのもの――。テスラちゃんが以前からよく使っていた言い回しです。
 彼女は常に十年先、百年先を見据えて技術を創り出すタイプの発明家でした。今思えば、テスラちゃんがこういうひとだったからこそ、交流電流が世界の送電システムを席巻することになったのかもしれませんね。
 テスラちゃんが、薔薇色の唇の端をにこりと吊り上げます。
「ともあれエジソンさん。プレゼントはありがたく頂いておきますわ。今後ともあなたとは良きライバルでありたいものですわね」
 どうやらプレゼントはちゃんと喜んでもらえたようです。本当に良かった。
 せっかくなので、ボクは彼女に『こけしさん』の最も気持ちいい使い方を教えてあげることにしました。
「テスラちゃん、ちょっと『こけしさん』を貸してもらっていいですか」
 テスラちゃんから『こけしさん』を受け取り、ボクは彼女の椅子の背後に回りました。
「なんですの?」
「ちょっとそのままの姿勢でお願いしますねー……」
 首を傾げるテスラちゃんのスカートに手を伸ばし、ボクはそれを思い切りたくし上げます。フリルのついた可愛らしい下着がお目見えしました。
「きゃああっ⁉ ちょ、ちょっと⁉ なにをなさるんです⁉」
「ボクが試してみて、一番気持ち良かったマッサージ法をお教えしようと思いまして」
「マ、マッサージ法って――」
 こういうのは口で説明するよりも、実際に体験した方が早いものです。テスラちゃんが言い終わる前に、ボクは『こけしさん』を押し当ててしまいました。
 狙いはひとつ。彼女の両足の間です。触ると気持ちいい部分。
「ひゃ、ひゃああああんっ! な、なあっ……⁉」
 テスラちゃん、目を白黒させてしまっています。いきなりの刺激にびっくりしちゃったのでしょうか。
 ボクも気持ちはわかります。このマッサージ法の試験中、あまりの気持ち良さに意識が飛びそうになってしまったくらいですから。
「エ、エジソンさんっ! なんてことしてるんですのっ! い、いますぐやめなさいっ!」
「まあまあ、遠慮なさらずにー……」
 ボクは『こけしさん』を操り、テスラちゃんの女の子の部分をさらに刺激します。
 実体験から鑑みるに、ちょっと上側の部分をくりくりするのがベストのはず。ボクは振動する『こけしさん』の頭を、ピンポイントでそこに思い切り押し当ててみることにしました。
「ひっ、ひゃあああああああんっ!」
 テスラちゃんが上体を仰け反らせました。
 どうやらボクのやり方は正しかったようです。可変低周波の刺激が、彼女の身体に最適な快感を与えてたのでしょう。
「どうです? これがテスラちゃんの開発した交流電流技術の底力ですよ?」
「あ、あなたねえっ……! ひうんんんっ! や、やっぱりあたくしの技術に敬意を表する気ゼロでしょう⁉」
「そんなことないですよ? 尊敬してるからこそ『こけしさん』を作ったわけですしー……」
「これのどこか尊敬――ひゃああっ⁉ はあんっ、んんんんんんっ⁉」
 テスラちゃん、ほっぺたが真っ赤っかになってしまっていました。内股に力を入れようとしているようですが、それすら覚束ない様子。よほど気持ちいいのか、はあはあと荒い息遣いが漏れてしまっています。
「あ、あんまりですわっ……! ふううんっ⁉ こ、こんなので気持ち良くなっちゃうなんてっ……!」
「気持ちいいですか? 喜んでもらえて良かったですー……」
「よ、喜んでなんてっ……んあっ、ひうううっ⁉」
 きっと謙遜していたのでしょう。彼女の表情を見れば、どれほど気持ちよくなっているか十分に分かります。
 これはもう、出し惜しみをしている場合ではありません。ボクは、『こけしさん』に最大限のポテンシャルを発揮してもらうことにしました。
「ターボモード……。ポチっとな」
 ブイイイイン! と響く強烈なモーター音。『こけしさん』が更なる高速震動を開始します。
 どうやらこれ、テスラちゃんにはクリティカルヒットだったようで。
「あ、やめっ、あああっ⁉ ふわあああああああああああああっ――――⁉」
 大きく身を捩らせながら、大絶叫をしてしまいました。
 涙目になるほど気持ち良くなってくれたみたいで、ボクはとても満足です。
「えへへ……ボクとテスラちゃんの技術のコラボレーション、いかがでしたか? このマッサージ法、気に入ってくれるといいのですがー……」
「だ、誰が気に入りますか!」
 テスラちゃんが、頬を膨らませてボクを睨みつけます。
 とはいえ普段からツンツン気味の彼女のことですから、きっと本心では喜んでくれたに違いありません。
 こういう素直じゃないところもテスラちゃんらしいなあ――なんて、そのときのボクは思ったものでした。

2021/7/27 航時局ビル レクリエーションルーム

「……とまあそんな感じで、テスラちゃんはとっても喜んでくれたんですけど」
「喜んでたのかなあ、それ」
 アルちゃんの話を聞いて、僕は呆気に取られてしまっていた。
 どう考えても、アルちゃんの暴走にテスラちゃんが巻きこまれただけのような気がする。あの子にとっては、お気の毒な話だ。
「でも不思議ですよねえ」アルちゃんが続ける。「なぜかあのあとテスラちゃん、ボクに対して一層当たりが厳しくなっちゃたんですよ……。会うたびに睨まれたりしちゃって」
「それは当然だと思うよ?」
 よりにもよってライバルの手で恥辱の限りを尽くされてしまったのだ。テスラちゃんも内心忸怩たるものがあっただろう。
 以前テスラちゃんと会ったときに、妙に彼女がアルちゃんに対して辛辣だったのは、もしかしてこの一件が尾を引いてしまっていたからなのかもしれない。
「電流戦争の陰でそんなことが起こっていたとは……。いっそこれは電マ戦争とでも呼ぶべきなのか……?」
 しかしアルちゃん本人には、確執を引き起こした自覚がまるでないようだった。僕を見上げながら、いつものようにニコニコと可愛らしい笑みを浮かべているだけである。
「そうだ。ナポ子さんたちにも今度、『こけしさん』作ってあげようかなあ。きっと喜んでもらえますよねー?」
 僕は「どうだろうね」と苦笑いを浮かべるしかなかった。
 まったく……天才というか天然というか。アルちゃんは実に恐ろしい女の子だった。

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