ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ

 俺、斉藤槍牙は、自分のことを実に凡庸な中学一年生だと思っている。
 たとえば身長もそれほど高いわけではないし、体型も中肉中背だ。
 成績は悪い。体育の授業はそれなり。
 少なくとも俺の幼馴染、黒川夢乃のようにぶっ飛んだ個性を持っているわけでも、尋常ならざる美形なわけでもない――はずなんだが。
槍牙「……お前これなに?」
黒川「いやあねえ、槍牙くんってば。いまは美術の授業で、お互いのパートナーを写生する時間だったじゃないの。描いた絵は廊下に貼りだされるっていうから、張りきっちゃったわ」
 黒川がスケッチブックに描いた鉛筆画は、とても精緻な絵だった。
 ありきたりな感想だが、まるで絵ではなく写真か実物のような、いまにも動きだしそうな作品である。
 細やかな前髪の下の、きりっとした眉。愛嬌のある大きな目に、茂るまつ毛。鼻は高く、鼻筋も通っており、膨らんだ唇はすべてバランスがよく整っている。
槍牙「で、このイケメン誰?」
黒川「だから私の生涯のパートナーは槍牙くんなのだから、槍牙くんを描いたに決まっているじゃない」
 …………似てねえ。
 俺だって自分の顔を鏡で見るけど、似てねえ。ちょっとぐらいは格好よくありたいとは思うが、でもこんな美少年に描かれることはあり得ないと思う。
 誰だよ、これ。
黒川「なにか不満そうね?」
槍牙「いや、不満というかなんというか……」
 これを自分と言うのがためらわれるのだ。美化されすぎである。
 なんとかこれを廊下に貼りだされて全校の恥にされることだけは避けたい。
槍牙「なあ黒川。これ、ちょっと俺と違わないか?」
 スケッチブックを顔の横に置き、比べさせてみる。黒川も最初は険しい顔だったが、すぐに、ふむ、と納得したようにうなずいた。
黒川「そうね、わかったわ。確かに少し違ったかもしれないわね」
 俺の手からスケッチブックをひったくり、黒川は修正を始める。
 真剣に絵に取り組む姿は、本当に美人だ。
 というか喋ったり動いたりしなければ完璧なんだよな、黒川って。
 自分のスケッチブックを見る。黒川を描いたものだが、ひどいものだ。自分の画力が追いついていないせいで黒川の美形が表現できず、申し訳ない。
黒川「できたわ」
 満面の笑みでスケッチブックを差しだす黒川も、外見だけなら可愛いんだよなあ、なんて思いながら完成したらしい絵を受けとった。
 美少年の背中に翼が生え、きらきらと全身が輝いていた。
槍牙「これ人間?」
黒川「槍牙くんの美しさは人間の域を越えているかもしれないわね」
 いやこれもう槍牙くんでも人類でもないだろ。
槍牙「言いたくはないが、これじゃあ先生も俺だとわからないと思うぞ」
黒川「なにを言っているのかしら? 槍牙くんの背中には翼があるのに、見えないというの?」
 見えないだろうな。本人にも見えないもの。
槍牙「あとこのきらきらしているの、なに?」
黒川「え? 槍牙くんが身にまとっているオーラじゃないの? よく輝いているわよ」
 よく輝いているのか。本人のあずかり知らぬところで。
黒川「本当は私に微笑みかける槍牙くんの顔にしたかったのだけれど、そんな私だけの特別な表情が世間にさらされるというのが耐えられなくて」
 俺にはこれが斉藤槍牙だと世間にさらされるのが耐えられない。
槍牙「……黒川、あのさ」
黒川「ええ、槍牙くんの言いたいことはわかるわ。私の画力では槍牙くんの美しさをすべて描ききれていないということよね」
 いや、むしろ追い越して俺じゃなくなっている件について物申したい。
黒川「もう少し手を加えて完成形に近づけるわ」
 またスケッチブックをひったくり、あれこれ描きくわえる黒川だが、それ以上なにをどうするつもりだ。
 できあがった絵には「愛しているぜ、夢乃。マイハニー」という台詞がつけたされていた。
槍牙「これなに?」
黒川「槍牙くんがよく口にする台詞じゃない。絵よりもイラストに近づいてしまったけれど、これはこれで」
 これはこれで破棄してやりたいな。
 いつ口走ったんだよ、「マイハニー」とか。
 ……もう提出まで時間もあまりない。もっと直接的に言ってやるべきか。
槍牙「黒川、この台詞とオーラと翼はせめて消してくれ。最初の状態で我慢する」
黒川「わかったわ」
 拒まれるかと思ったが、黒川は案外素直に応じてくれた。
 良かった、と思って、俺はも自分の絵に手を加える。せめて少しでも、黒川夢乃の美形を絵にこめられたらと思って不器用なりに頑張ったのだ。
 そして十分後、黒川が声をあげる。
黒川「できたわ。あら。もう提出時間ね」
槍牙「そうだな。しかし悪かったな、修正を頼んじ……ま、って……?」
 絵の中に台詞はない。オーラもない。翼もない。
 代わりに美少年が上半身裸になり、体全身をイバラがつたい、口には覚えのない牙が二本と真っ赤なバラが一本、そして素肌に蝶ネクタイという姿があった。あと頭に二本の黒い尖った角もある。
黒川「いかがかしら! 名づけて『愛しの槍牙くんver.DEVIL』! これは引き延ばして壁一面に貼るべき――」
槍牙「ただの変態じゃねえか!」
 なんで俺勝手に変態になってんの!?
 ねえなんで!? 裸に蝶ネクタイとかどこの世界のセンス発揮してんのこいつ!?
 黒川が「誉めて誉めて」と言いたげな顔でウィンクを飛ばしてくるが、ダメだ。お前これはダメだよ。だってただの変態だもの。
黒川「でももう、提出時間なのよ? それに私は変態の槍牙くんも愛おしいわ」
 愛おしがらなくて結構だ。
槍牙「先生」
 なるべく俺と黒川に関わらないようにしていた先生だったが、さすがに手を挙げられると無視できないようで、こちらを向いた。
槍牙「俺と黒川、放課後に居残って完成させますので許してください」
 それからようやく廊下に貼りだせるレベルになったのは、夜の八時近くのことだった。