ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ

 槍牙くんのことが好きだ。大好きだ。
 彼のそばにいると、なんだかとても安心できる。
 彼が視界に映るだけで、本当に世界が明るくなったような気持ちになる。
 私の愛しい彼氏、恋人、夫、生涯の伴侶、斉藤槍牙くん。
 なのに――
黒川「なんで私の槍牙くんが、私以外の女といちゃついているのよ……」
 しかもそいつはあろうことか、私と同じゴスロリ服を着て、長い黒髪にリボンをつけ、日傘を持ちあるき、私と同じ顔と身長と体重でもって、槍牙くんにべったりとしているのだ。
 しかも槍牙くんは、そいつが偽者であることに気づいていないようなのだ。
 あの女は――怪談だ。

 この学校には使われていない大鏡がある。
 その鏡がどこにあるのかは不明だが、赤い布がかけられている、昭和四十四年に寄贈されたものであるという。
 絶対に、この大鏡に姿を映してはいけない。
 もし鏡に姿を映すと、鏡の中の自分が抜けだして、あなたの一番大事なものを奪いに来る。

黒川「……あの鏡だったのね」
 つい十分ほど前、昼休みに働かされた数学準備室で身だしなみを整えたのだ。
 それから槍牙くんのもとへ戻ったら、奴が先にいた。
 私が驚いている間に授業が始まってしまい、私は完全に出遅れた形となった。
 一応、神社の娘なので怪異を祓う、怪談を討滅するということはできる。
 とはいえ、人前で奴を倒すわけにもいかないだろう。二人の黒川夢乃がいたら、槍牙くんも他の人たちも、きっとびっくりしてしまう。
 それに、間違って槍牙くんが私を偽者だと思ったりしたら、つらい。
黒川「鏡なら左右対称になるのだけれど……指輪やブレスレットで気づいてもらえるかしら」
 槍牙くんは基本的に可愛く愛らしく素敵で格好いい最高の旦那様なのだけれど、ときどき鈍感なのが玉に瑕だ。
 仕方がない。私は校舎の中を、人に見つからないように移動する。
 槍牙くんがひとときとはいえ私以外の女にまとわりつかれているというのは業腹だったが、待ちの姿勢に入ることにしたのだ。
 たとえ一瞬でも奴が一人になったら、その隙をついて奴を倒し、私は槍牙くんを取りもどす。
 そして待機姿勢に入り――八時間後。
 わなわなと怒りに震え、周囲に当たり散らしそうになるのを私は必死でこらえていた。
 あの女はあれからもずっと私の槍牙くんの膝の上に乗り、私の槍牙くんといちゃつき、私の槍牙くんが嫌がっているにもかかわらず、私の槍牙くんに話しかけ、私の槍牙くんに触れ、私の槍牙くんを独占しつづけた。
 しかも、槍牙くんから片時も離れはしない。
 放課後も奴はずっと私の槍牙くんに抱きつき、しがみつき、服を脱がせようとしたりスカートの中に槍牙くんの顔を入れようとするなど変態行為にふけっていた。
 やがて槍牙くんの家に奴は押し入り、それから夜の九時を回ったがまだ出てこない。
黒川「本当イライラするわ。あんな奴が私の槍牙くんになにかしようものなら徹底的に――」
???「徹底的にどうしてくれるのかしら?」
 私の声で。
 私と違う傲岸不遜な声音で、後ろから話しかけられた。
 振りかえる。
 尊大に胸を張る女が――偽黒川夢乃が立っていた。
 いつの間に家から出てきたんだ? 裏口? 私が監視していたことはバレていて、それで?
黒川「意外と頭が回るじゃない、この偽者」
???「あなた、なにを勘違いしているのかしら?」
黒川「勘違い? なんのことかしら?」
 私は日傘を構える。奴はふんぞり返ったままだ。
 ――殺れる。
 一瞬だった。私は全力で奴に近づくと、片手で日傘を振りまわした。
 私の日傘は偽者の――奴の顔面に叩きこまれ。
 私の日傘が、消失した。
黒川「え――」
???「大体あなた、私を偽者と呼ぶのならば」
 ちょんちょん、と奴が自身の左腕を指さした。そこには黒い龍の入れ墨がある。
???「あなたの右腕にのさばっている龍は、一体なんなのよ?」
 私は自分の右腕を見る。
 確かにそこには、黒い龍の入れ墨が。
 違う。そうじゃないだろう。違うはずだ。なんでいままで気づかなかった。
 気づきたく、なかったんだ。
 本物の黒川夢乃の入れ墨は、左腕にあるということに。
???「鏡の怪異。鏡の亡霊。だから左右反転の偽者となって現れる。だったら偽者なのは?」
 ――私が、偽者だった?
 私はよろめき、後ろへ下がる。だがその距離を詰めるように、黒川夢乃がゆっくりと近づいてくる。
 日傘を肩に乗せ、うっとうしそうな暗くぎらついた目で。
???「あなたが本物だというのなら、昨日黒川夢乃は斉藤槍牙くんになんてあいさつをしたの? 一昨日は? 先週のデートはどこへ行ったの? 小学校のときの遠足は? 八年前、あなたは槍牙くんを守るためになにを失った?」
 言ってみなさいよ。
 女がこつこつと私に近づいてきて、責めたてる。
 私はそれに、一つも答えることができない。
 だって私には、そんな記憶は、ないから。
 私は、私が覚えているのは。
 今日の昼休みからの出来事だけだ。
私「……私が、鏡だったの?」
黒川「ええ、そうよ。なにを勘違いしたのか、私の槍牙くんへの思いまでコピーしたみたいだけれどもね。残念だけどそんな薄っぺらい愛情、抱いた覚えはないの」
 黒川夢乃が私の前に立つ。威圧感を覚え、私は腰がひけてしまう。
黒川「もし私なら他の女が私の槍牙くんに触れた瞬間に戦争よ。槍牙くんが本物の私に気づかないかもなんてチリほども思わないわ。槍牙くんのためなら周囲からなんと思われようと構わないし、槍牙くんのことを強く信頼しているもの」
 あなたに足りなかったのは。
 そう言いながら、黒川夢乃が日傘を振りかぶった。
黒川「愛情よ。薄っぺらい愛を、私の槍牙くんに向けないでちょうだい。このブス女!」
 同じ顔なのに。
 そんな風に言いながら、黒川夢乃は日傘を叩きつけ――私は、鏡の怪異は、この世から消失した。

黒川「なにか変な気配がするかと思ったのだけれど、あの鏡、怪異だったのね。しかも自分こそが本物の黒川夢乃で、除霊能力があるとすら思っていたみたいだわ」
 滑稽にもほどがある話だった。
 そうして暴走し、私を倒そうとすらしてきた。
???『お嬢に触れたら、どんな怪異も消えちまうってのにな』
 男の声がした。私は知らないふりをして視線を上へと向ける。
 ちょうど槍牙くんの部屋の明かりが消えた。
黒川「……いえ、もしかしたらもう一度ぐらい外を見てくれるかもしれないわね。もう少しここにいましょう」
 こうして私は今日も、夜が更けるまで槍牙くんの部屋の前でたたずむのだった。