ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第2章 2/2

 ***

 象の鼻中学校は明浜市で最も新しい市立中学校で、港湾の埋め立て地に建てられた六階建ての校舎だった。校門のすぐ横にある警備室で入校受付簿にじようと訪問目的を記入し、「来校者」という許可証を受け取って首から提げて玄関に向かう。

 らいひん用玄関には既に関係者が待機していた。

「遠いところお疲れ様です。象の鼻中学校の篠原と申します」

 こいつが、という目をなるべく押し隠す。

 見た感じは育ちの良いお坊ちゃんという感じだった。先程まで先導していた木佐と隊長は急にもじもじし始めたので一歩前に出る。後ろに立つ隊長と木佐が小声で「格好良いね」、「イケメンだよね」と呟くのを無視して、

「東本郷中学校から来ましたうらはらです。本日は宜しくお願い致します。後ろにいる女子の、髪の毛の短い方がポーカー審議会に在籍している木佐で、長い方がポーカーモンスターズ主将のがしらです」

 何その紹介と後ろから抗議の声が聞こえたが、これも無視する。

「遠いところお疲れ様です。どうぞこちらへ。皆さんお揃いですよ」

 篠原が自分たちに微笑みかけ、それから左手でガラス張りのエレベーターを示した。

 きっちり揃えられた三人分のスリッパの一番左側に足を入れる。急に小汚いスニーカーが気恥ずかしくなり、誰にも見られないように素早く棚に入れた。

「すごい。エレベーターがあるんですね」

 木佐が生まれて初めてエレベーターを見たかのような感嘆の声を上げて、篠原が苦笑した。

「移動教室の際には一階から六階まで移動する事もしばしばですからね。ただ、普段は上級生しか使えない暗黙の了解があります」

 いかにもな話だ。

 木佐は篠原が首から提げているポーカープレイヤー認定証をめざとく見つけ、

「篠原さんはポーカープレイヤーでもあるのですか?」

「僕はポーカーサークル『ぞうかいがん』の副リーダーと、本校の渉外連絡会委員長を兼務しています。何せポーカープレイヤー人口が少ないですからね」

 篠原の発言を聞いた隊長が首を傾げて、

「象の鼻中学校にはポーカープレイヤーは何名くらいいるのですか?」

「自分を含めて十一名です。ポーカー活動揺籃ようらんの地である東本郷中学校にはとてもとても。確か、市内対抗戦出場校では我が校のプレイヤー人口が最も少なかったと記憶しています。本日も本来であれば象牙海岸のリーダーである瀬谷せやと一緒にご挨拶するのが筋なのですが、なにぶん人手不足でして」

 エレベーターからは横浜の摩天楼と水平線まで広がる海が見えて、慌ててエレベーターの階数表示を見つめる事にした。高いところはどうにも苦手だ。隊長は眼下に広がる景色を一瞥して、

「わあ、良い景色ですね。大さん橋から客船が見える」

「それでも埋め立て地ですからね。僕ら生徒はごみの上の学舎としていますよ」

 自分も世間話の一つや二つしないと無愛想な奴だと思われるかなと思い、慌てて話を振った。

「自分も苗字に原がついているんですよ」

「へえ、そうですか」

 あまり乗ってこなかった。

 エレベーターを降りてすぐにカフェのような談話室を通り過ぎ、ざわめきの聞こえる会議室に入った。

 机が四角く並べられ、出席者は席を立って自由に歓談していたようだったが、自分達が会議室に入った瞬間、ぴたりと会話が止まり、その場にいた全員からじっと見つめられた。すいされるまでもなく、こちらが何者なのかを把握しているらしい。

 正直言って、気持ち悪かった。

 机には各校の名前が書かれた三角形の席札が置いてあり、その横にはチップの山が置かれていた。その数はきっかり三〇枚。このチップは、今日の会議において極めて大きな意味を持っている。

 役者が揃った事を察して出席者は次々と着席し、自分達も「東本郷中学校」と銘打たれた席札の後ろに座った。

 全員が着席したのを目で確認した篠原が教壇に上がった。

「定刻よりも若干早いですが、参加者が全員集まりましたので、市内対抗戦開催会議を始めさせていただきます。本日は議題が多岐に渡り、時間も限られておりますため、円滑な議事運営にご協力頂けますと恐縮です。それでは資料の協議事項をご参照下さい」

 ――会議自体は特別語るようなものでもない。

 市内対抗戦の正式名称は「第七回明浜市立中学校対抗公式団体戦」、開催会場は象の鼻中学校の体育館、トーナメント形式は東本郷中学校の公式団体戦とは違い、シングルテーブルトーナメント形式だ。五つのテーブルに各校のプレイヤーが一人ずつ座り、各テーブルで順位に応じた得点が割り振られ、各校の総合得点で勝敗が決する。シングルテーブルトーナメントはブラインド上昇が緩やかであり、より長時間プレイする事ができるため、ポーカー技術にけた者が得をする。つまり東本郷中学校に有利なルールだ。この辺りからも市内対抗戦開催当初における我が校の優位性が読み取れる。

 協議事項が全て終了して十分間の休憩の後、窓から見える客船が汽笛を上げると同時に各校代表者の手元に一枚のわら半紙が配られた。

「それでは市内対抗戦の出欠場申込書の提出をお願い致します。各校のサークル構成員二名および前もって各校のポーカー審議会から委任を受けている渉外連絡会代表者、計三名の署名を持って、出欠場申込書の効力が発生します」

 そう説明した後、篠原がにっこりとほほんだ。

「エアコンの風に飛ばされないように、机に置いてあるチップを重しに使って下さい」

 会議室から笑いが漏れた。

 いよいよこの会議の肝だ。

「氷取沢中学校は市内対抗戦に出場します」

 氷取沢中学校の代表者が出欠場申込書の上にチップを十五枚置いて、前へと押し出した。篠原が厳かな表情で申込書を隣に座っていた生徒に渡し、注意深くチップの数を数えた。

 ――これが賭け金なのだ。

 チップ一枚が千円を意味し、それだけの現金を保有している事を会議後に証明する必要がある。

 金の出所は様々だ。

 市内対抗戦参加プレイヤーと渉外連絡会委員の小遣い、各校が秘密裏に募った軍資金、かつての東本郷中学校のように組織ぐるみで金を突っ込むところもあるが、その額はせいぜい数万円だ。金を賭ける賭けないは各校の自由で強制される事はないが、年に一度のお祭りなので賭けない学校は滅多にない。

 金を賭けた場合、優勝校が2倍、準優勝校が1.5倍、三位入賞が1倍の返金を受けられ、それ以外の場合は没収されてプール金に補填される。

 七校が参加する大会なので適正なオッズは合計7倍であると、かつての東本郷中学校は主張したらしい。

 しかしそれは最強のサークルをようする東本中に有利な裁定であるため各校の反発を招き、またプール金の維持もまた必要という意見もあり、オッズを低く留めたいという他校の主張に妥協したと推察される。現在では積もり積もったプール金はかなりの金額になっているらしい。

 そして金を賭けたら、例えどんなに高額であっても約束はにされない。

 それが市内対抗戦の暗黙の掟だ。

 どんなに高額の金――過去最高は三年前に東本郷中学校が賭けた六万五〇〇〇円らしい。不名誉な記録レコードだが――が賭けられたとしても、もしもその学校が三位以内に入れば、出し渋りもなく確実に配当金が支払われる。これはもしもプール金を巡る争いが起きて、万が一教育委員会の耳に入ってしまった場合、誰もが壊滅的な被害を被り、プール金が全額押収されてしまうのを関係者全員が理解しているためだ。

 以上が、東本郷中学校にて事前に行われたブリーフィングで得られた知識である。

 各校が次々とチップを賭けていくなか、象の鼻中学校が目の前に置かれている三〇枚のチップ全てを押し出した際には、会議室にどよめきが走った。

 東本郷中学校以外の学校が全て出場申し込みを行い、篠原の手元に集められたチップは一〇〇枚を優に超えていた。もはや会議の出席者は誰一人喋っていない。

「それでは東本郷中学校の出場申込書の提出をお願いします」

 配られた出場申込書に木佐が署名し、渉外連絡会の決裁印をした。それから隊長が丸っこい字で署名して紙を自分の前まで滑らせた。その推移を他校の生徒がまじまじと見つめている。

 東本郷中学校が最後に金を賭けるのは、賭ける金額が往々にして最も大きいから盛り上がるという事らしい。

「東本郷中学校はそれだけじゃチップ足りないんじゃないですか?」

 誰かが野次を飛ばし、誰かが笑った。その笑いすらもどこか乾いたものになっていく。当初は寒さすら感じる会議室が、じっとりと熱を帯びたような空気に満ちている。その空気を肌で感じて、どうして賭け金を現金ではなくチップで表現するのか、ようやく理解できた。

 怖いのだ。

 自分達の賭けているものが。

 玩具のチップでさえ、これだけの重圧を感じるのだ。これが現金であったとしたら、篠原の手元に千円札百枚が置いてあったとしたら、自分達はきっとその重みに耐えられなくなる。恐怖にって賭けを取り下げる者も現れよう。だからこそ、賭けを提案した東本郷中学校の誰かさんは現金ではなく、チップを置くという代替手段を取ったのだ。本物のカジノと同じように。

 大人だって十万円賭けるのは躊躇ためらうはずだが、自分達はまだ十三歳か十四歳そこいらの中学二年生なのだ。そんな大金を賭ける重圧から目を逸らしたいのは誰だって当然の事だろう。

 しかし我らが隊長は、物事の本質から目を逸らさない。

「東本郷中学校代表の江頭です。本日は皆さんにお願いがあってやって来ました」

 ***

 ――当然のように東本郷中学校以外の全ての学校から否決された。

 非難轟々だった。

「……故に、我々は現時点までに積み立てられているあしながおじさんの解体を提案します」

 隊長が発言を終えた瞬間、各校の生徒が一斉に挙手して持論を展開した。

 賭けが嫌なら賭けなければいいという主張や、プール金解体はポーカー審議会の公式見解なのかという脅し文句、勝ち逃げは許されないという非難の声が上がり、こういった認識の生徒と同じテーブルを囲むのは危険であるという意見に多くが賛同した。

 会議中は常に温厚だった進行役の篠原は、市内対抗戦参加者の気持ちを簡潔に代弁した。

「我々は四年前、圧倒的に優位な立場にいた東本郷中学校が発案した賭けを無理矢理まされました。それは言わば、先輩方が工夫して積み重ねたお金が消えていくのを黙って見ているようなものでした。それが今になって、各校のポーカー活動が発展して技術的にも見劣りしなくなった今になって、『お金を賭けるのは悪い事ですからもう止めましょう』というのはいかがなものでしょう」

 篠原の真剣な表情とその言葉に、木佐も隊長も自分も誰一人として反論する事はできなかった。

 結局、東本郷中学校は一円も金を賭けずに出場に丸をして、申込書を提出した。お金は賭けないという事でよろしいですか? という篠原の念押しを受け、それでも隊長は首を縦に振って市内対抗戦全七校の出場が決定となった。

「各校参加者の顔合わせを兼ねた会議を翌々週の土曜日、――市内対抗戦の前日に行います。当日は特別な理由がない限り、トーナメント参加者全員の出席にご協力下さい。それではこれで市内対抗戦会議を閉会とします」

 帰り道、篠原の発言をはんすうしながら「まあ、篠原の言い分も理解できるよ」と隊長を慰めたが、あまり口を利いてくれなかった。

 そして翌日の放課後。

 教室を出て第五自習室に向かって歩いていると、

「浦原ぁー! 浦原ぁ――っ!!」

 廊下の向こう側から、

「なんでなんでなんでなんでお前は――――っ!!」

 ポーカー審議会の榊原だった。

 広義的にはヒト科ヒト亜科のホモ・サピエンス(※ラテン語で「賢い人間」を意味する)であり、通常二年生しか立候補しないポーカー審議会に一年生で当選した伝説の男だ。

「よお、榊原。今日も元気で羨ましいぜ。あ、ポーカー審議会の委員長就任おめでとう。俺も一票入れたぞ。ところで高校推薦でどこ行くの? はくよう? 明浜? 市立いちりつみなみ? 市立南は設備いいけど坂道だから通学大変らしいぜ」

「うっせ! お前と高校入試の情報交換がしたくて呼び止めたんじゃねえよ!」

「そうか。じゃあ、俺はこれで」

 くるっと反転して逃げようと思ったら、学生服の襟首を捕まれた。

「てめえはこれから絞首台だよ。行くぞ」

「……どちらまで?」

 息苦しさに眉をひそめながら首を捻ると、心底腹立たしそうな表情をしている榊原が目に入った。

「第五自習室」

 榊原のただならぬ様子に思わず頭を働かせる。足を速めて第五自習室のある部活棟に向かう。

「状況を説明してくれよ」

 榊原はこめかみに血管を浮き出させたまま、部活棟の玄関をまたぎ、大広間を急ぎ足でかつし、階段の踏面に足を乗せてから唸った。

「――結論から言うと、市内対抗戦に出場できなくなった」

「他校が欠場しろって言ってきたのか? 事前に読み込んだ資料では、事務局が他校を欠場にする事はできないと明記されてたが」

 市内対抗戦事務局の規約によれば、五名以上のポーカープレイヤー認定証保有者を擁する明浜市内の中学校は、市内対抗戦の出場権利を有すると明記されていた。だが、

「そうじゃない。お前らモンスターズが欠場せざるを得ないんだ」

 榊原がそう吐き捨てて、第五自習室の扉を開いた。

 第五自習室にはモンスターズの四人と木佐が勢揃いしていた。柳が壁際で腕を組んだまま立っていて、赤村は顔を真っ赤にして憤慨していて、小此木は我関せずとばかりに真剣な表情で漫画を読んでいて、木佐は膝の上に置いたパイプ式ファイルをぺらぺらとめくっていて、椅子に座り込んだ隊長はこちらに目もくれなかった。

 まずい事態が起きている事は分かった。

「やあ、浦原くん」

 椅子に座っていた柳がこちらを見てゆっくりと頷いた。その柳が困ったような顔をしていて、思わず襟を正した。

「少し困った事になった」

 柳の少しは尋常な事ではない。

 そして、すぐにその原因に気付いた。

 第五自習室の真ん中にあるポーカーテーブルの、ところどころ破れかけている緑色のフェルトの上に、封の切られた六つの封筒が無造作に置かれていた。宛名は全て「東本郷中学校、ポーカーモンスターズ御中」だった。

 差出人は「象の鼻中学校、象牙海岸」、「しおだいら中学校、汐見平ポ団・第一班」、「氷取沢中学校、ペンギンミント」、「かげとり中学校、淑女協定」、「ぎりおか中学校、ギャシュリークラムのちびっ子たち」、「きりみね中学校、猫の手星雲」。市内対抗戦に出場する予定の中学校全てだ。

 事態が見えてきた。

 大きく溜息を吐いて、どっかりと椅子に座る。腕を組んで目を瞑り、目元を指先で揉みほぐす。

 確かに前兆はあった。

 隊長のプール金解体案は、市内対抗戦参加者の不興を招いた。

 東本郷中学校が市内対抗戦の出場するのを拒む事はできない。だが、プール金解体を訴える生徒は危険であるという主張に多くの者が賛同した。そしてこれは明浜市立中学校対抗公式団体戦なのだ。

 もしも東本郷中学校の代表を攻撃しようと思ったら、自分だってこの手段に行き着くだろう。

 静かになった第五自習室で、誰に言うわけでもなく呟いた。

「で、中身は?」

 分かっている癖にという表情で柳が肩をすくめた。柳が手にしている六枚の書類に書かれた「王座戦挑戦状」という文字がはっきりと見て取れた。

「ちょっと早いクリスマスプレゼントさ」

最悪の事態…!
次回、脳が焼けつく戦略会議開催!
12/12(月)更新予定!

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