メダリストの協力を得て本格体操漫画、始動!

――まず最初に、『ムーンランド』を描き終えての感想をお聞かせ下さい。

山岸 一番大きかったのは「やりきった!」という気持ちです。思い描いていた結末にずっと向かってきて、無事に描き終えたことでほっとしました。

――監修の水鳥さんはどのような経緯で参加されたのですか?

水鳥 確か、編集部からお話があった際、僕が割り込んだ形でしたよね(笑)。

山岸 とんでもない、ものすごくありがたかったです!3話目のネームが完成して連載が決まったのですが、担当の林さんと「これはきちんと取材をしないと描けない作品だ」となり、日本体操協会を通じて水鳥さんに取材させて頂いたんです。そして今後のために、どなたか監修の方を紹介して頂けないかお願いしたところ…まさか水鳥さんご自身が引き受けて下さるなんて!

水鳥 僕はずっと、色々な媒体で体操漫画を連載して欲しいと思っていました。それというのも、子供たちが漫画から受ける影響はとても大きく、体操をもっと多くの人に見てもらうには、漫画は強力なコンテンツになると思っていたんです。「体操漫画って、どうやったら描いてもらえるんだろう」と考えていたので、監修のお話が出た時はぜひ関わりたいと思ったんです。

山岸 確かに、他のスポーツでも漫画から選手を目指す人は多いですよね。

水鳥 これはテニスに関してある指導者が仰っていたのですが、錦織圭選手や大坂なおみ選手といったスター選手の影響は大きいのですが、プレイヤーの継続率で見ると『テニスの王子様』(許斐剛)を読んでテニスを始めた人の方が高いそうです。

山岸 それは面白いデータですね。

水鳥 リアルの選手から受けるインパクトは大きいけれど、その効果は短期的な面もあり、一方の漫画は長期的に影響を受け続けるという仮説があるんですよ。どこまで正しいかは分かりませんが、漫画の影響は確かに大きいと思います。多くの人にとっては子供の頃から染みついたものですし、比較的連載期間が長いというのもあるのでしょうね。

――監修に入られて、最初はどのような形で関わられたのでしょうか?

水鳥 最初はキャラクターの絵と紹介文と、物語のあらすじを見せて頂きました。漫画の形で読んだのはその後ですが、あまり漫画に詳しくないので「思ったよりラフな絵だな」という印象を受けました(笑)。

山岸 原稿前のネームの状態で見て頂いたんです。確かに原稿と全然違うから、初めて読まれる方は驚かれますよね。

水鳥 ネームだと体操の「このひねり方が正しいか」などの確認が難しく、最初の頃は原稿段階で監修させて頂いていました。原稿を初めて見た時は絵がすごくリアルで綺麗で、体操の動きも丁寧に再現されていて驚きましたね。

山岸 水鳥さんは動きの細部まできちんと見て下さるんです。私はというと、最初の頃は本当にいっぱいいっぱいで、「まずは目の前のシーンを描かねば!」という感じでした。でも進めていく内に、自然と好きな動きをピックアップするようになりましたね。例えば選手が演技を始める前、手をピッと合わせる瞬間とか、ゆかの演技が始まる時に踵を揃えるところとか。体操の美しさというか「入る前から演技が始まっている」感じがして好きなんです。監修して頂けるから安心して、自分の「好き」「カッコいい」も意識的に入れられるようになりました。

水鳥 山岸さんは本当によく見ていますよね。「何でここまで選手の気持ちが分かるのだろう?」と思います。作品を読んでいる選手たちも皆「まさにこういう感じだよね!」と言っています。

山岸 そう言っていただけているのは、本当に嬉しいです。連載の最初は特に、水鳥さんからのネームのお返事を読むときは緊張していました。私自身は体操をやったことがなく、想像で描いている面が大きいので。

水鳥 もしかしたら一部の読者は、僕が選手の気持ちもアドバイスしていると思っているかも知れませんが、僕が監修しているのは技の正しさや構成といった競技面です。だからこそ、選手もうなづくキャラクター描写がすごいんですよ。そのうえ競技面もどんどん精度が上がって、「今回は特に修正はありません」とお戻しすることも多々ありましたね。

山岸 水鳥さんのチェックで、特にハッとしたのは初期のキャラたちの言葉遣いの部分です。最初、ゆかも跳馬も「跳ぶ」と書いていたのですが、「ゆかは(技を)やる」「跳馬は跳ぶ」というご指摘があって。「体操選手は、普段はそういう言葉の使い方をしているんだ」と知ることができて助かりました。選手にとっては当たり前で、私たちが知らないことは結構あるんですよね。

水鳥 体操用語みたいなものです。でもそこが大事で、選手が「そうそう、これが体操だよね」と思う部分でもあるんですよね。

競技場面の他、体操部・体操選手の空気感も丁寧に再現。

――水鳥さんは普段は漫画を読まれていますか?

水鳥 体操漫画ということで『空のキャンバス』(今泉伸二)、『ガンバ!Fly high』(森末慎二・菊田洋之)は読んでいましたが、正直、あまり読んでいません。最近は子供が『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴)にハマっているので、TVアニメも映画も全部一緒に観ています(笑)。動画のラインナップに「ここに『ムーンランド』もあればいいのになぁ」といつも思っていますよ。だから「漫画の監修」では分からないこともありますが、最初から「技の構成や描写」と明確に役割を頂いていたので、お仕事への不安はありません。

山岸 水鳥さんはいつも体操の専門的な部分をわかりやすく説明して下さいました。他にもtwitterなどで告知をして頂いたり。

水鳥 僕の周囲からはすごく反応があるんですよ。絵がリアルだから体操選手の受けが良く、内村航平選手なんて周囲のスタッフにも勧めてくれましたね。それだけ、選手が感情移入ができる作品なんです。実際、内村選手はかなり熱心に読んでは「このキャラ、田中佑典選手に似ていますよね?」とか聞いてくれたり。それだけキャラクターに現実味があり、実在選手にも当てはまりそうなんです。

山岸 うわぁ!内村選手は私が体操にどっぷりハマる大きなきっかけになった方なので、そのお話はもう感激です。

水鳥 内村選手は周囲から完璧な選手と思われていますが、僕個人の想像としては「自分は才能がなく、その分めちゃくめちゃ努力しています」と、暁良のような気持ちを抱えてあの完璧な演技をやっているんじゃないかな、と思っています。田中選手も「自分の体操を極めたい」という気持ちが強く、すごいこだわりを見せます。そして僕はというと、朔良のように子供の頃から兄弟で比べられて、父にもあまり指導されなかった(笑)。だから親近感を感じて、ずっと「朔良頑張れ!」と思っていました。他のキャラクターたちの言動も、実際の選手が感じるものに通じるんですよ。体操選手にとっても面白い漫画です。

山岸 水鳥さんの監修はすごく勉強になるし、作品を描く上で本当に助けて頂きました。「これ、合っているのかな?」という不安を抱えたまま描いても、面白いものは作れません。自信を持って思い切り描くことができたのは水鳥さんのお陰だったと思います。あとは演技構成を作って頂いたのも大きかったですね。「こういう技を見せたいです」と相談したら、技を10個並べた構成を作って下さって。そこで演技の流れを明確に描けるようになったんですよ。

――5巻のおまけ漫画にも描かれていますが、すさまじい量ですよね。

山岸 ご負担とは思いつつ、お願いしていました(笑)。ムサシノ杯の最終種目で朔良・ミツ・達也の3人分の平行棒の構成を作って頂いたのですが、同じ種目なのにそれぞれのキャラがはっきり出ているんですよね。よく読者さんから「選手ごとに演技の違いが分かる」という感想を頂きますが、演技構成のバリエーションの影響も大きいのではないかと思います。選手の特徴が出る構成を作って頂くことで、私の中でも演技のイメージが明確になりました。

達也の平行棒は筋力と気持ちの強さが光る演技に!

水鳥 現実でも演技を考える場合、「力強い選手」「しなやかな選手」「身長が高い」「低い」とかで回転効率や柔軟性など特徴が出てきます。漫画ではそれを強調しつつ、少しだけ色が出るように技を組みました。あとは「どこまで漫画感を出すか」というリアルの限界値は常にご相談していましたよね。最終的には「現実の高校生ができる最高レベル」くらいに収まるようにしました。それでもヨネクラとか難しい技はあるのですが(笑)。「最後にミツがリ・ジョンソンを決めるのはあり得ますか?」という話もありましたよね。

山岸 そこは割とギリギリまで悩んだところでした。展開としては派手だけれど、キャラクターのことを考えると「リ・ジョンソンよりも完璧な演技を目指す方がミツらしい」と思って、キャラを優先した演技になりました。

水鳥 現実では難しいものも漫画では再現できるので、楽しみながら考えていました。ただ、場合によっては技にそこまでバリエーションがなくて、差別化に苦労するものもあって…。

山岸 それってどの種目になりますか?

水鳥 特定の種目もそうですが、今の体操は点を取りやすいものに選手は集中しがちなんです。ゆかだったら組み合わせの加点があるから2回転半から2回転ひねりに挑戦するし、あん馬だったら開脚で移動したら難度が上がるので、開脚の前移動・後ろ移動を皆がやります。つり輪にしても、高校生がやる場合は中水平と十字懸垂くらい。鉄棒も主流の放れ技はコバチとトカチェフです。漫画だからリューキンというトカチェフ1回ひねりや、背面のウィンクラーも描いて頂きましたが、リアルということを考えると、現実ではあまりやらない技をどこまで出すかとか。でも、たまに技紹介みたいに描いて頂きました(笑)。

山岸 私は今まで描いたことのない技が出てくると「これは初めてだ!」と、呑気にわくわくしていましたね。同じ技でも選手によって違うので新鮮ですが、初めての技は「これはどの角度がいいんだろう?」と動画を見ながら調べたりして。

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