ジャンプ・ノベル × 少年ジャンプ+ スペシャルコラボ
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第5章 2/2

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『本日はお忙しい中、市内対抗戦に出席いただきまして誠にありがとうございます。間もなく、第七回明浜市立中学校対抗公式団体戦の開催時刻となります。それでは東本郷中学校のポーカー活動審議委員会の委員長である榊原さんより、開会の挨拶と注意事項を承りたいと思います。榊原さん、壇上へどうぞ』

 象の鼻中学校の渉外委員会のトップであるしのはらの声を聞きながら、ポーカーテーブルの木目を指でなぞる。

 今、象の鼻中学校の体育館に設置されている五台のポーカーテーブルは東本郷中学校からの貸与品で────もちろん運賃とレンタル料は渉外連絡会の予算からさっ引かれている────、各テーブルには各校の先鋒、次鋒、中堅、副将、大将が七名ずつ座っている。

 自分の座っているこのポーカーテーブルは、隅っこにこびりついたピザのチーズや誰かがマジックペンで書いた角の生えた隊長の似顔絵、破れた緑のフェルトから察するに間違いなく第五自習室にあったもので、それだけで少し心強いような気がしてくる。

 ふと視線を上げると、自分達の座るポーカーテーブルを取り囲むように柵で仕切られた見学用スペースの最前列に、ゆうさか達が陣取っているのが見えた。自分が見ている事に気付くなり、旧ナッツクラッカーズの面々が両手の拳を挙げて謎のアピールをし始めたので、急に気恥ずかしくなって、視線を落とす。

 会場である象の鼻中学校の体育館には各校関係者や見学者で大いに賑わい、東本郷中学校の生徒も多く駆けつけてくれた。せめて彼らの助力に恥じない働きをしたいものだ。

 壇上に上がった榊原が、篠原からよそ行きの笑顔でマイクを受け取った。

『ただいまご紹介にあずかりましたポーカー審議会の榊原です。何ヶ月も前から渉外連絡会の皆様が準備して下さり、明浜市内の学校が一丸となって協力し、ついにやってきたこの日を迎えられてこんなに嬉しい事はありません。我々がポーカーというゲームを通じて培った友情の輪が、こうして今、目の前に広がっている事に大変感動しております。そしてこの大会のために尽力していただいた篠原さんを初めとする渉外連絡会の皆様、そしてディーラーや設営に協力して下さった象の鼻中学校の生徒の皆様にも厚く御礼申し上げます』

 いいかてめえらっ! 絶対勝てよ! 同卓囲んだクズ野郎どもを残らずぶっ殺して篠原の野郎に目に物見せてやれ! ったく、苗字に原がついてる奴は本当にクソばっかだな浦原っ! 奴らに二度と舐めた真似させるんじゃねえぞっ!! と控え室で吠えていた割には、ずいぶんと理性的なスピーチだった。

「浦原くん、と言ったかな。今日はよろしく」

 その声に右隣を見ると、先程まで壇上に上がっていた篠原が隣の席に座るところだった。

「やあ、篠原くん。こちらこそよろしく」

 ポーカーテーブルの前に立ったディーラーが各々の前に五〇〇〇ドル分のチップを配っていく。配られたチップをシャッフルしながら、ポーカーテーブルに座った面々を順繰りに眺めていく。

 左側から順番に影取中学校のひしかわ、氷取沢中学校のつじ、日限丘中学校のつかもと、汐見平中学校のなかむら、霧ヶ峰中学校のもり、そして象の鼻中学校の篠原だ。自分の目がその顔をかすめた瞬間、篠原の口が動いた。

「────君がプリフロップでアクションした瞬間、ここにいる全員がオールインする」

「……?」

「トーナメント開始直前の今、どうやっても東本郷中学校の君らは対策を講じる事はできない。だからせめて先に言わせてくれ」

 いじっていたチップをテーブルに置いて、篠原に先を促す。

「僕らは共謀している。分かっていると思うが、君達を勝たせるわけにはいかないんだ。今日の戦いにはこれまで虐げられてきた僕らの意地が懸かっているし、君らの賭け金があればかいらいを担わされてきた僕らはようやく独立できる。……だから、どうか、悪く思わないで欲しい」

 篠原の真剣な表情に、思わず姿勢を正してゆっくりとうなずいた。

「立場の違いってやつだ、もちろん悪くなんて思わないさ」

 ────もしもこいつら六人が正々堂々と勝負するつもりなら、自分はそれに乗るつもりだった。

 かつて、初心者講習会でかしさんは「ポーカーテーブルでは一切の私情を捨てよ」と言っていた。それは強くなるための近道で、他者への礼儀でもある。

 だが、残念ながら彼らはそれを選ばなかった。

 そしてもちろん、彼らがそれを選ばない事は、事前に分かっていた。

「だから俺達の事も悪く思わないでくれよ」

『ではここで、市内対抗戦開催にあたってのらいひんをご紹介致しましょう!』

 毒にも薬にもならないスピーチを壇上で続けていた榊原が、とうとう爆弾をぶち込んだ。

 来賓の予定など知らされていない渉外連絡会の生徒達は一様に混乱し、篠原に助けを求めるように視線を投げ掛けている。

 しかし、ポーカーテーブルに座った篠原はもう動けない。

 ────敵の共謀は予め想定されていた。

 一番考えられるのは自分達が参戦しようとした瞬間に全プレイヤーがオールインで反撃してくる事────これをやられると自分達の勝率は平均15%程度まで激減する────、次に考えられるのはトーナメント開始直後、一校の代表者にチップを全て譲渡し、六倍のチップ量スタックでモンスターズの面々を攻撃する手法、最後に考えられるのがディーラーを抱き込んだイカサマだった。

 ではどうすればいいか?

 柳達は第三者、、、による監視の目が必要だと考えた。それも極めて強力な第三者の目が。

『明浜市教育委員会の事務局に勤められております指導部教育課のおか首席指導主事、そして明浜市PTA連絡協議会のとみなが副会長です! お二人は本市内対抗戦の趣旨に理解を示して下さり、ご多忙の中、スケジュールの合間を縫って本大会の視察に来て下さいました。どうぞ皆様、盛大な拍手でお迎え下さい』

 日曜日にご多忙も何もないだろうが、それは言わない決まりだ。

 かつぷくの良い男性と品の良さそうな壮年の女性が観覧席から壇上に上がり、「本日は誠におめでとうございます」から始まるお決まりの祝辞を述べ始めた。

 壇上に上がった二人は、周囲の生徒が目に見えて混乱している事には気付いていない。

「篠原、お前────、何考えてんだ!? 教育委員会とPTAをここに呼んだのか!?」

「……そんな話は一切聞いていない」

 唸るように呟いた篠原が睨んできたので、できるだけな感じを装って肩をすくめた。

「妙ですね。事前に渉外連絡会には通達があったはずですが……」

 清廉潔白の対極に位置するこの市内対抗戦に、三〇〇万円を賭けた戦いのど真ん中に、一番参列させてはならない人間をぶちこむ。

 それが柳達の考えたプランだった。

 教育委員会やPTAの連中は、まさか自分達の目の前で三〇〇万円の裏金を賭けた決戦が繰り広げられているなどとはつゆにも思わないだろう。しかし、他のプレイヤー全員が奇妙なプレイをすれば、第三者の目についてしまう。それはすなわち、明浜市内の中学校におけるポーカー活動の終焉を意味している。「トーナメント開始直前の今、どうやっても君らに対策を講じる事はできない」という篠原の言葉は、そっくりそのまま彼らにも当てはまるのだ。

 壇上では富永副会長の長々とした祝辞に対し、榊原が奇跡的な辛抱強さを見せていた。やがてマイクは榊原の手に戻り、いよいよトーナメント開始宣言が行われようとしていた。

『岡田首席指導主事、富永副会長、誠にありがとうございました。それでは第七回明浜市立中学校対抗公式団体戦、市内対抗戦を始めましょう! シャッフルアップ&ディール!』

 ポーカートーナメント開始を宣言した榊原は壇上を降りて、渉外連絡会の司会と笑顔で握手を────おそらくはお互いに骨が折れんばかりの力で────交わした。それから体育館をゆっくりとかつして各ポーカーテーブルの様子を確認している。

 マイクを受け取った司会者は、目の前を通り過ぎた来賓を射殺すような目で一瞬睨みつけてから、再び爽やかな笑顔を取り戻した。

『観戦者の皆様に申し上げます。本日は五〇〇〇ドルスタートとなります。ブラインドは三十分毎に上昇、獲得ポイントは各テーブルの一位が七点、二位が六点、三位が五点と漸減し、各出場校の合計獲得ポイントを競います。これより注意事項を────』

 司会者の説明を背景に、テーブルに座った他の六人が明らかな敵意を込めて自分を見ていたので、ここで敵の戦意を少しいでおこうと思う。

 壇上に急遽用意されたパイプ椅子に座って興味しんしんな振りをしている来賓を意味ありげに見つめて、

「あの方は指導部教務課に在籍されているそうですね。……推薦入学関連でお世話になった人もおられるのでは?」

 ここで、新聞部に入部した赤村が集めたカードを切っておこう。

「ああ、そうそう。確か森先輩と塚本先輩は推薦入学が決まっていましたね。……うらやましい限りです」

 このテーブルで数少ない上級生である森と塚本が二人そろって目を大きく見開いた。

 教育委員会事務局の指導部教育課は高校への推薦入学における取りまとめを担当している。

 ただでさえ事なかれ主義の教育委員会とPTAでは、ポーカー活動に関わりたがる者はそう多くない。あの二人をここに呼ぶのに、結構な謝礼とお車代を用意したと聞いている。何とかその必要経費を回収したいところだ。だが、

「僕らにそういう脅しは効かないよ」

 篠原が呟いた。

「目立つプレイはできないが、君達が不利である事に変わりはない。やり方はいくらでもあるんだ。この一戦は決して落とすわけにはいかない。言い方はよくないが、六人がかりで攻撃させてもらって────」

「……たった六人ぽっちで?」

 榊原の声だった。

 横を見ると、テーブルの横を通りかかった榊原が足を止め、テーブルを囲む面々を無表情に見下ろしていた。

「たった六人ぽっちで、こいつをいじめるって言ってんのか?」

 余計な事言うなよ、と思いながら榊原を見上げる。

 ────こいつらは誰一人として知らない。

 テーブルを囲む全てのプレイヤーが自分一人に敵意を向けているという圧倒的に不利な状況が、かつての自分の日常であった事を、六人がかりで攻撃するぞと脅した相手が、東本郷中学校の全ポーカープレイヤーから一年近くにわたって徹底的に攻撃されていた事を、こいつらは誰一人として知らないのだ。

 榊原は小さく白い溜息を吐いてから、両手をポケットにしまった。

「いや、失敬。プレイの邪魔だな。気にする事はないから、存分にやってくれ」

 そして、東本郷中学校で誰よりも自分を憎悪し、それがどこであろうとも自分のプレイを監視し続けてきた榊原は、心底どうでもよさそうな顔のまま顎で自分を指し示した。

 実にそっけない仕草だった。

「その男は、テーブルを囲んだ全員が自分を襲ってくるという状況に関して、少なからぬ経験がある」

【残りプレイヤー 七名】

 



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