箏曲と体操という異なる題材で高校生たちの眩い情熱を描き出す『この音とまれ!』『ムーンランド』。アシスタント時代から交流を続けてきた両先生に、部活漫画や群像劇の魅力を語って頂いた!

『ムーンランド』は積み重ねが魅力!

――相手の作品で、一番魅力に感じている点はどこですか?

アミュー 昨日も『ムーンランド』を読み返したのですが、やっぱり滅茶苦茶面白い!一番は絞り切れませんが、作品全体で言うと主人公のミツくんと同じように「土台の積み重ね」が物凄い点でしょうか。『ムーンランド』はキャラ描写も体操の知識も全部が丁寧に積み上げられて進んでいく。その上で遊びもあるので、楽しく思い切り没頭できる作品です。

「積み重ね」の努力は、漫画執筆そのものにも当てはまる。

山岸 聞いていてモジモジしてしまいます…(笑)。

アミュー 漫画としての勢いや迫力がありつつも、デッサン力が高いので絵はずっと綺麗ですよね。コマのテンポ感も気持ちよくて、見せ場も印象に残ります。

山岸 嬉しいのですが…かなり恥ずかしいです(笑)。私にとって『この音とまれ!』は絵も素晴らしいのですが、それ以上にネームに命を懸ける姿勢が伝わってきます。見開きの入り方や余白の使い方など、テンポに圧倒されています。恐らく計算と感覚の両方で作られていると思うのですが、それが凄い!音楽のイメージも、感覚と理屈の両方が伝わってきます。ご自身の体験が漫画表現に繋がっているところも、アミューさんならではですよね。あとピンポイントではありますが、私、アミューさんが描く手が好きです。お箏を弾く手にいつも魅了されます。

キャラの心に寄り添うような、空間や見開きを活かしたコマ運びが特徴!

――お2人ともネームで悩まれることは多いのでしょうか?

アミュー 見せ場の見開きがあるような回は、すぐに決まることが多いです。それよりもそこに至る土台作りが大変です。土台がしっかり描けていたら、見せ場の回はそれほど頭を使わずにネームが切れます。欲しいところに見開きやめくりが来てくれるんです。逆に土台ができていないと全然ハマらない。下積みがとにかく大変で、それを毎回きちんとできる山岸さんは凄い!

山岸 おっしゃること、すごく分かります!土台作りは苦しいというか、悩む部分ですよね。

アミュー 大会よりも、大会に至るまでのキャラの成長や経緯の方が大変なんです。それで『ムーンランド』で驚いたのは、47話のさくらくんが「自分の負けがチームの勝ち」と葛藤するところです。めっちゃ熱い展開だし、切なさがたまらない!しかもこれって、何の脈絡もなく描かれても駄目なんですよ。ここに至る5巻分でさくらくんの内面やチームとのやり取りが描かれたから心に来るんです!

山岸 さくらのあのモノローグは、最初から決まっていたわけではなかったんです。その回を考えていると出てきて、結果的にあの形になってくれました。

これまで描かれてきたさくらの内面が効果を発揮し、作品が一気に深まる!

アミュー きちんと積み上げていくと、たまにこういう奇跡が起きますよね!

山岸 アミューさんもそういう感じなんですか?ある程度見通しを作って描かれていると思っていましたが…。

アミュー もちろん最初に「この先はこんな感じかな」というものはありますが、描き始めると「このキャラはこんなこと言わない」「この流れでこのシーンはない」となって…。それで変えている内により良い形になるんです。「ああ、上手く繋がった!」って。

山岸 そういう瞬間は楽しいですよね!

アミュー そんな時はネームは早いし楽しいし、描く手が考えに追い付かないくらい最高の瞬間ですね。もっといっぱい、こんな瞬間があればいいのに(笑)。

――山岸先生が『この音とまれ!』で特に気に入っているシーンはどこですか?

山岸 堂島晶さんの回想エピソードが特に印象深いです。努力と才能の話で、凄く入り込みました。アミューさんがお箏を弾かれていた頃のお話を聞いたことがあるのですが、漫画の中でアミューさんの答えを見つけた気がして驚きました。

アミュー 幼少期の私はコンプレックスまみれの人間だったので、その感情や経験を晶に持たせようと思ったのですが…担当さんに「ひねくれ過ぎ」と言われて修正しました(笑)。だから晶は、当初の予定より大分ポジティブなキャラになったと思います。

才能に恵まれない者による異なる視点で、物語に新たな緊張が生まれる。

――『ムーンランド』から山岸先生の存在を感じる部分はありますか?

アミュー やはり「作品全体の丁寧さと知識」が山岸さんそのものですよね。いつも山岸さんの知識に驚くのですが、漫画を読むとますます「この取材、どうやっているんだろう!?」と。相当の取材力と想像力が必要なのでは。

山岸 取材では、描くことを前提にした質問はしていませんね。その時に気になったものを聞けるだけ聞く感じです。初期に高校の体操部を取材した時は「この取材で体操という競技を知る」という見方でした。あとは監修の水鳥寿思さんにネームと、場合によっては作画もチェックして頂いています。毎週、担当さんにメールで質問を送って頂くのですが、いつも丁寧なお返事を頂いていますね。

アミュー 『ムーンランド』は資料も大変じゃないですか?指導用に見やすい角度の体操写真はありそうだけど、漫画でのベストアングルというか「この写真を、もっと近くから煽りたい」とか(笑)。

山岸 その悩みはありますね。右下アオリの写真とか全然ないです(笑)。最近は動画サイトが豊富なので、そこでコマ送りをしながら別角度を想像したりしています。

精度の高い連続アクションを繋いで見せ場へ!作品の最大の魅力の1つ。

――『この音とまれ!』も『ムーンランド』も、音や体操のアクションという絵では難しいものを、上手く漫画として表現されていますね。

山岸 音の表現でいうと、以前アミューさんに聞いた「描き文字がだんだん減ってきた」という話が印象深いですね。その後で読み返してみると「確かに!」と衝撃でした。

アミュー 擬音はどんどん減っていきましたね。時瀬高校は入れないようしたり、逆に姫坂女学院は特色を出すために入れようとか、その時その時で考えます。試合を描けば描くほど表現のバリエーションを使うので、どんどん新しい表現を作らないと「これ、前にも同じようなものを描いた」となりますよね。

山岸 それが「このキャラが成長してこういう表現になった」だといいですよね。やっぱり日頃のインプットは大事です。

――描き文字をなくす表現は、どのように思いついたのですか?

アミュー 特別に「なくそう」と考えたのではなく、ネームでは描いていたと思います。原稿で絵が上がって擬音を入れようとして…多分、邪魔だったんでしょうね(笑)。「文字がないと伝わらないものかな?」と思って読むと、「なくても大丈夫!」となって。擬音は分かりやすい反面イメージが限定されるので、ない方が自由に想像しやすいと思うんです。

擬音に頼らず、絵の説得力のみで音を表現する!

――一方の『ムーンランド』は体操のアクションが細かく、さらにそれが大ゴマに繋がったりと、情報量と迫力が伴った見せ方ですね。

山岸 体操シーンは試合映像をひたすら見ながら考えています。同じ技でも選手によって印象が異なるのが体操の面白いところです。大きな動きの中のちょっとした仕草というか。その印象を拾って、漫画の中で強調するにはどう見せるか、私自身が好きで見せたい部分をいかに表現するか…を考えてネームにしています。あと、漫画でキャラと体操の個性を結び付けると伝わりやすいので、そこも意識していますね。